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「ふぁ…今日もいい天気だな〜。」 いつもの午後、屋上でゆっくりと流れる雲を眺めながら。 オベリスク・ブルーの優秀生、茂木もけ夫はふわあと欠伸をひとつした。 時間は1時を過ぎた頃。生徒達は今頃授業のノートを取ることに終始していることだろう。 そんなことこそ時間の無駄だ、と茂木はもう一つ欠伸。 こうして雲を眺めることのなんと愛おしいことか。 100の単語より、緩やかに流れる時間のなんと尊いことか。 緩やかに流れるときは、悠久のようでその一瞬は二度と還らない。 勉強はしたいと思えばいつでもできるのだ。 生き急ぐ必要なない、もけもけのようにゆるく生きたっていいじゃないか。 学生の本分をまったく無視して、自分の道をすすむ彼には「ゴーイング・マイ・ウェイ」という言葉が とてもよく似合っていた。 …そして、ここにもその「ゴーイング・マイ・ウェイ」という言葉が良く似合う少年がもう一人。 「よっしゃー!一番のりぃ!……って、なーんだ、アイツが一番かよ。」 ばたんと勢いよく入り口を跳ね上げ、ちょこんと顔を出す少年。 明るい茶色の元気な髪の毛、きょろきょろと良く動く鳶のような眼。 よいしょ!っと腕の力で体を上へ持ち上げる姿も軽やかで、活発であることが窺える。 制服は燃えるような赤、オシリスレッドのものだ。 彼の名は、遊城十代。ドロップアウトの吹き溜まりと悪評高いオシリスレッドの英雄的存在だ。 こちらもこちらで、授業をサボって屋上へ日向ぼっこ。 お気に入りの場所に来てみれば、既に先客が一人。 この時間、ここにいるのは自分ともう一人、件の茂木しかいない。 てこてこと駆け寄ってみるが、空を眺める少年は気づかない。 「もてぎー。」 呼んでみるものの、まったく気付く様子もない。 以前デュエルしたときにも思ったが、茂木には警戒心というものがまるでないように思われる。 闘気とか戦気というものもまったく感じなかったが、これはともすれば他者に対する感心すら 薄いのではないかと感じてしまう。 ただぼうっと、静かに流れる時を楽しむ。 究極極限に内向的。 そのこと自体に何か文句があると言うわけではない。 人の行動理念など、人の自由。 ――――――だが、それと自分の存在に気付いてもらえないことは訳が違う。 「も・て・ぎー!」 さっきよりも大きな声で呼んでみる。 だが、肝心の茂木は大きな欠伸を一つ。まるで聞こえていないようだ。 気付いてもらえない状況に、ぷくうと柔かな頬を膨らませる。 自分はここにいて、彼を呼んでいるというのに。 気付いてもらえない、認識してもらえない。 別に彼に対して特別な感情を抱いているつもりはない。 だが、自分の存在が、彼にとって希薄なものになるのは、どうしてもままならなかった。 彼の慈しむ空のように、彼の大事にする風のように。 なれるものならなってみたい。 ……はてさて。自分を有効かつ印象的に認識させる方法とは。 ドローの引きには自信があっても、頭脳戦にはからっきしの十代。 ない頭をこねくり回して、うんうんと考える。 雲が、唸る十代の上をゆっくりと流れていった。 考えること1分。 ぽくぽくちーん! はじき出された解答に、柏手をうちにやりと笑う。 その笑みにはいたずら心が多分に含まれていた。 抜き足、差し足、忍び足。 気配を悟られないように、茂木という獲物との間合いをつめる。 肝心の獲物はといえば、陽気に誘われてうとうとと舟をこいでいる。 もともと警戒心の薄いせいか、忍び寄る十代に気付く気配はまったくない。 鳶か鷹のような鋭い視線でタイミングを見計らって、しっかりと獲物を見据える。 風が、一瞬凪いだのを、十代は見逃さなかった。 「茂木に、ダイレクト・アタァーック!!」 言うが早いか。 地面を強く蹴って大きく飛び出す。 寝転がってうとうとしていた茂木も、その大きな声と、目の前の体に思わず目を見開いた。 どしん、と重い音がして。 茂木の小さな体の上に、一回りは大きな体が横倒しに倒れてきた。 高校生としては小柄な十代だが、それでもそれなりの体重はある。 手加減はしているだろうが、衝撃はひとしおだ。 「ぐぇ」 カエルがつぶれるような声を上げて、茂木は沈黙した。 まったく想像もしていなかった闖入者。赤いジャケットの憎いあんちくしょう。 肝の強さなど試したことはないが、肝の小さなものだったなら忽ちに気を失ったことだろう。 大の字になったまま、完全に沈黙する。 「わっ、わりい!そんなに重かったか??」 断末魔を聞いて、慌てて飛び起きる十代。 横から押し倒したような形になりながら、心配そうに少年の顔を覗き込む。 空色の目が、鳶色の目と視線を合わす。 明るい茶色に、思わず吸い寄せられそうだと茂木は感じた。 「君だったのか〜、遊城十代。」 自分を押しつぶした張本人をしっかりと確認するや、目を細める。 確かに潰れたくなる位に攻撃力はあった。だが、このダイレクトアタックも彼からならば耐えられる。 彼の前では悠久の時も、一瞬の瞬き。 だが、その瞬きがあまりにも眩しすぎて、目を離せない。 風のように軽やかな動きに、太陽のような眩しい笑顔。 時には嵐のように怒り、時には曇り空のような寂しさを浮かべる。 喜怒哀楽に富んだ十代は、見ていて飽きることはない。 いつも慈しむ緩やかなときとは違う感覚。 だがそれも愛おしい。 今も、眉を顰めて心配そうにする姿が愛らしくて。 頬が緩んでしょうがない茂木だった。 「変な顔になってるよ。眉間〜」 小さな指で眉間を揉み解す。 子ども扱いされてはたまらないと思ったのか、十代は頭を振って嫌がった。 「なんだよ!平気なんだな?…はー心配して損したぜ。」 ほっと肩を撫で下ろして息をつく。 どうやら本当に心配していたようだ、茶化して悪かったかなとすまなく思う。 雲が太陽を遮り、二人をゆっくりと陰らせた。 陰影の濃くなった十代の顔に、まるで皆既日食だ、なんて考えた。 再び光が射す。 「で?君もサボりなんだ〜?」 思わず本題。 「ああ!こんな日はゆっくり空でも眺めながら昼寝するのが一番だぜ!」 あっけらかんと答える少年。 確かに、この陽気なら教室で居眠りをするよりもここで昼寝をしたほうが心地いいにきまっている。 教諭たちが聞けば怒り心頭だろうな、と笑う茂木だが、自分も同じ穴の狢。口には出さない。 …ふと、触れ合っている部分が、じんわりと暖かいのに十代は気付いた。 「お。茂木、超あったけえ。」 もぎゅう、と体全体で抱きつく。 さっきまで太陽を一身に浴びていた彼の体は、ほこほこと温もっていた。 お日様の匂いを鼻腔いっぱいにくぐらせながら、ご満悦そうに息を吐く。 太陽光とは違う温もりと、甘い匂いに動揺するのは茂木の番。 胸に擦り付けられた頬の感触に、風に漂う焼き菓子のような甘い香り。 さては購買でトメさんからお菓子を恵んでもらったのだろう。 割と華奢な体に、軽い重みが脈拍を上げる。 自分と同じくらい他者を警戒しない、その姿にドキドキする。 まるで警戒してない様子に、嗜虐心が少しばかり鎌首をもたげた。 さっき彼からいたずらされたばかり。 ちょっとばかり反撃といこうか。 「こんなところで寝ちゃったら、ボクがいたずらしてもしらないよ〜。」 もにゅ、と手でしっかりと十代の尻を掴む。 やわらな尻を揉みしだいて、くすくすと笑った。 男性の尻はたいてい薄くて硬い。だが彼のそれはまるで少女のように柔らかく、ほどよい弾力だった。 「ば…っ!!ヘンなとこさわんなよぉ!」 唐突に尻を揉まれた十代は慌てて飛び起きる。 ぺチン、と無碍に手を叩いて振り払った。 膨れっ面でご立腹を示す。 さっきまで笑ってたかと思えば、突然むくと怒り出す。 そんな喜怒哀楽が堪らなく興味深い。 だから、好意を抱かずにはいられない。 茂木はそこまで考えて、答えはお預けにした。 時は悠久にして一瞬。思考はしようと思えばいつでも出来る。 今はただ彼と過ごす大切な時を大切にしよう。 「もうヘンなことしないから、隣においで〜。」 「……ホントだろーな。…じゃ、お言葉に甘えて〜!」 警戒はしつつも、茂木の隣にごろんと横になる。 青い空はいつまでも青く、流れる雲は相変わらずゆっくりと流れていた。 太陽は白く輝いて、何をするわけでもなくただただ二人に降り注ぐ。 示し合わせてもいないのに、触れ合う手。 優しく重ね合わせ、何をするわけでもなく。 静かに流れる時に身をゆだねて、二人は目を閉じた。 |